Arrivederci
あたしは目覚めると、見知らぬ部屋にいた。頭には鈍い痛み。周りは薄暗くて、人の気配もない。 「…どこ、ここ」 「クフフ、目が覚めましたか」 あたしが呟くと、ドアが開いて人が入って来た。 「気分はどうですか」 「…頭痛い」 「あぁすみません。多少手荒くやりましたから」 「骸は何で、…あたしを」 「特に理由はありませんよ。…しいて言うなら、口封じですかね」 口封じ… それはあたしを殺す、ってことだろうか。 そうして骸を見つめていると、あたしの思いを察したのだろう、骸は笑みを浮かべる。 「あなたを殺したりしませんよ」 安心してください、と言うと骸はあたしの拘束を解いた。 「今まできつかったでしょう」 優しい言葉を掛けられると、あたしは何も言えなくなり黙ってしまう。 「しかしあなたには僕達のことを知られてしまいましたからね」 しばらくはここにいてください、と言って骸は立ち上がった。 「…何処行くの」 あたしが聞くと、骸はやっぱり笑みを浮かべたまま「飲み物を取って来ます」と言って出て行った。 しばらくすると、骸はボトルに入った水とコップを持って戻って来た。 そしてコップに水を注いであたしに差し出す。 「…ありがとう」 あたしはその水を一気に飲み干し、骸に向き直った。 「…十代目には言わないよ」 「何をですか」 「骸が手配されてる脱獄囚だって」 あたしが言うと骸はちょっと驚いた顔をしたけど、すぐに落ち着いて言った。 「…そうすることに意味はあるんですか」 あなたには何の得も無いでしょう、と骸は顔を背ける。 「…確かに、あたしにとっては何にもならないけど、」 「…」 「…骸が捕まらないなら、それでいいよ」 骸のこと好きだから、と言うと、骸はちょっと哀しそうな表情になった。 「…そんなこと言われたら、」 そこで急に目の前が暗くなった。感じるのは温かい体温と鼓動。 骸に抱きしめられたんだ、と気づくのに時間は掛からなかった。 「そんなこと言われたら、あなたを帰したくなくなるじゃないですか」 「…む、くろ」 あたしが何か言おうとすると、骸はそれを遮るように強く抱きしめた。 「…しばらくこのままにさせてください」 骸の声は少し震えていて、あたしは骸をぎゅっと抱きしめた。 いつかは来るであろう別れに怯え、それでもこの時間が続くよう願いながら。 それから数日が経ち、十代目から骸は復讐者に連れていかれた、と聞いた。 それを聞いた時はやっぱりショックで、十代目の前で泣いてしまった。 でも十代目はあたしの気持ちに気付いていて、優しく慰めてくれた。 「骸はまた戻って来る、って言ってた」 「…はい」 「…だから、もう泣くな」 骸は敵なのに、部下のことを考えてくれる優しいボスの胸はとても温かかった。 (帰ってくる、って信じていいんだよね)