糸切り鋏と赤い糸
別れねぇ?
やっぱり、と思いながらあたしは山本の顔を見る。相変わらず格好良くてあたしは心臓の鼓動が速くなるのを感じた。何時見てもときめいてしまうくらいあたしはこの人が好きなんだ。今、こうして別れを告げられているというのに。
取り敢えず理由は?
まさか理由を聞かれるとは思わなかったのだろう。山本は一瞬焦ったような顔をした。暫く黙っていたけどようやく口を開く。
…時期的に部活に集中し始めたし、な。
あたしと付き合ってると集中出来ない?
あたしは更に畳み掛けるように問う。少し口調がきつくなったけど気にしている場合じゃない。それにさっきの様子だと他にもっと大きな理由があるように思えた。山本は困ったような表情を浮かべている。
や、そんな事ねぇけど、
そう言ってあたしから目を逸らす。隠し事をしてたり言いたくない事がある時の山本の癖だ。あたし達が付き合ってたのはそんなに長くないけど、小さな、本人でも気付かないような癖を見抜いてしまうぐらい、あたしは山本を見ていた。山本を愛していたのに。どうして、どうして…!
…ごめん。
山本は何時もとは正反対に小さな声でそう言った。いくらか震えた声。あたしは山本を抱き締めたい衝動に駆られたけど手をぎゅっと握り堪える。
謝らなくて良いよ、
山本が悪い訳じゃないし。
あたしこそごめんね。
そう告げると山本は一層悲しそうな表情になった。涙を堪えるように唇を噛み締めている。あたしはそんな顔をさせた事を申し訳なく思いながら山本を見つめた。暫く沈黙が続く。
…ホントごめん。
先に口を開いたのは山本だった。どうしてそんなに謝るのだろう。あたしが欲しいのはそんな言葉じゃない。でもどんなに望んでも元には戻れないのだ。山本の言葉や表情からその事が窺える。あたしは涙が零れそうになるのを堪えて言葉を紡いだ。
…あたし、山本が本当に好きだったよ。
山本がいてくれたから、
今まですごく幸せだった。
ありがとう。
あたしはそのまま山本に背を向ける。目からは涙が次々と溢れてきて、こんな顔を山本だけには見られたくなかった。でもきっと山本は気付いているだろう。泣いている事にも、あたしの想いにも。
ホントごめん…じゃあ、な。
…バイバイ。
そして山本は教室を出て行った。堰を切ったように溢れる涙を拭う事もせず、あたしはただ立ち尽くしていた。
(赤い糸を切ったのは彼か、否自分か)